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☆スターリンクとケスラーシンドローム
2週間前にも触れたが、スターリンクを運営するスペースX社が6月11日にIPOでナスダックに上場、翌12日から同市場で取引が始まった。
IPOでの売出価格は1株135ドルと前もって決められていた。発行済み株式数130億8000万株に対し、IPOでの売出株数は5億5555万株で、過去最大となる750億ドルを調達した。これまでの最高額はサウジアラムコの256億ドルだった。
IPOへの応募は3500億ドル以上。機関投資家が2500億ドル以上、個人投資家が1000億ドル以上だった。通常は5~10%の個人投資家への割り当ては30%だった。これらのすべてが異例だった。
12日の初値は150ドル(IPO価格+11%)、終値は160.95ドル(+19%)で、発行済み株式数の4.2%の売出株だけの取引の値上がりで時価総額は2.1兆ドルとなった。
こうした値上がりを受け、ゴールドマンやモルガンスタンレーなど引き受け投資銀行が受け取っていたオプションを行使、スペースXは8330万株を追加で売り出すことになり、107億ドルを追加調達した。行使価格はIPO価格の135ドルだったとされるが、計算すると128.45ドルで買えたことになる。
スペースXは、投資銀行が飲んだ引受手数料の大幅引下げの見返りに、投資銀行が有利になるオプションを与えたものと思われる。
このオプションによる8330万株の追加売出で、調達額の総計は857億ドルとなり、市場で取引可能な株式数は、発行済み株式数の4.9%に増えた。これでも異例の低率で、アップルやマイクロソフトなどは、発行済み株式数のほぼ100%が取引可能だ。
株価は翌週に一時225ドルを超えたが、その後初値以下まで下落し、26日金曜日は153ドル台で取引を終えた。
株価急落の理由の1つは、翌週に発表された社債発行だ。スペースXは初の社債を発行、償還までの期間が5-30年の5種類計250億ドルを調達した。相次ぐ資金調達が嫌気された格好だ。とはいえ、最終赤字の同社に大手格付け会社は「投資適格級」の格付けを付与した。
同社債には計890億ドル相当の買い注文が集まったようだが、発行後の流通市場では急速に値下がりした。2056年償還債などは、米国債利回りに対する上乗せ幅(スプレッド)が発行時の1.75ポイントから最大0.32ポイント拡大(値下がり)した。ここまで急激にスプレッドが拡大した案件は最近では記憶にないとの声が市場関係者の間で聞かれた。
株価急落のもう1つの理由に、インサイダー(会社関係者)の売りが憶測されている。
通常、IPOには早期売却を防止する仕組みが存在する。当局の規制ではないが、個人投資家向けの取り扱い証券会社などが、早期売却には今後のIPOの配分停止や制限などのペナルティを課すからだ。ロビンフッドやソーファイ、Eトレードなどは30日以内の売却に、フィデリティなどは15日以内の売却に、そうしたペナルティを課している。
何故なら、IPOでいきなり損が出ると、次のIPOの応募には消極的になるからだ。その意味では、追加取得したゴールドマンやモルガンスタンレーが利益確定を急いだ可能性も低い。
遅くともこの秋にはIPOを行うとされていたオープンAIが来年まで様子を見ると示唆したのは、スペースXの株価が回復しないと、好条件のIPOが困難になると判断したものと思われる。
チャールズシュワブだけが例外で、IPOの明確な反早期売却方針がないとされるので、ここだけからの売りで、この急落が起きたのだろうか? それも考えにくい。一方で、今週にはフィデリティの早期売却ペナルティ期間が終了する。
一方、S3 Partnersなどのデータによると、直近(2026年6月下旬時点)の空売り比率は、取引可能株の6.3%(約4000万株)程度に過ぎない。上場直後の高値(一時225ドル超)から株価が25%以上急落した局面でも、空売りを仕掛ける投資家は比較的慎重な姿勢を崩していないとされる。
その理由は、イーロン・マスクの個人的な人気が高いこと。IPO直後の注目銘柄であるため貸株料が高いこと。今後ナスダック100などの主要株価指数に早期組み入れられる可能性が高く、その際にはインデックスファンドによる「機械的な強制買い」が株価を支える要因となることなどだ。
インサイダーに関しては、創業者や初期からの出資者など既存の株主の売買を上場後一定期間禁止するロックアップ期間が設定されている。通常は最低でも6カ月なのだが、このIPOでは2カ月となっていた。(イーロン・マスク個人自身は1年のロックアップ)。つまり、8月半ば以降になるまでは、ここからの売りは出て来ない。
つまり、どこからも大きな売りが出てくる要因がないにも関わらず、株価は急落した。
ところが、スペースXはロックアップの対象外で、普通株式の最大5%を一部の従業員および経営陣の親族・友人のための特別枠として割り当てていた。つまり、これらインサイダーの保有者は上場初日から即座に売却して換金できたのだ。取引可能株数は4.9%なので、こうしたインサイダーの5%は決して小さくない。この身内優先の割当ては、一般投資家に対する裏切り行為だと見られても仕方がないだろう。
ところで、ケスラーシンドロームというものをご存じだろうか? シンドローム(症候群)と呼ばれるので、新たな病気だろうか? いやケスラーシンドロームとは、あるいは病気よりももっと恐い、地球を「デブリの檻」に閉じ込める連鎖崩壊のことだ。
シンドロームのように、一度発症したら自然には治癒しない。地球軌道上のデブリの連鎖衝突が始まれば、数十年から数百年にわたって軌道が使用不能になる。GPS、気象衛星、通信衛星、軍事偵察衛星といった現代社会のインフラの根幹が破壊され、文字通り「空から消える」ことになるのだ。
そこで、ケスラーシンドロームがもたらすリスクについて、AIと一緒に考えてみた。
1)なぜ今、危機的なのか
1978年、米航空宇宙局(NASA)の科学者ドナルド・ケスラーは、地球軌道上のデブリ密度がある臨界点を超えると、衝突が衝突を呼ぶ自己増殖的な連鎖反応が始まると警告した。問題は「いつか起きるかもしれない遠い未来の話」ではない。欧州宇宙機関(ESA)の推計では、現在すでに追跡可能な10センチ以上のデブリが約3万6000個、1センチ以上では100万個超、1ミリ以上では3億個以上が地球軌道を周回している。
スペースXのスターリンクなどのメガコンステレーションの急拡大が状況を一変させた。2020年代に入り、民間企業による打ち上げ数が国家機関を大幅に上回り、低軌道の混雑は指数関数的に加速している。1957年のスプートニク打ち上げから2020年まで約60年かけて蓄積されたデブリ量を、2020年代の10年間で超えようとしている。
2)何が具体的に問題なのか
問題の本質は三層構造をなしている。
第一層:物理的問題
軌道上のデブリは時速約2万8000キロで飛行しており、わずか1センチの破片でも衝突エネルギーは対戦車ライフル弾の数十倍に達する。デブリ同士の衝突はさらに細かい破片を生み、それがまた別の物体に衝突する「フラグメンテーション・カスケード」が発生する。2007年の中国による衛星破壊実験と、2009年のイリジウム33号とコスモス2251号の衝突が、この現実を世界に突きつけた。
第二層:制度的問題
現行の宇宙法体系は1967年の宇宙条約を基軸とするが、これは「国家主体」による活動を前提に設計されており、民間企業が宇宙を席巻する現代には対応しきれていない。「誰が宇宙空間を管理するのか」という主権問題は未解決のままで、打ち上げ競争だけが先行している。デブリ除去を行う法的権限も、コストを負担する国際的な枠組みも存在しない。
第三層:経済的問題
軌道は「コモンズの悲劇」の典型例だ。個々の企業・国家は軌道を使い捨てることで短期的な利益を得られるが、その外部不経済は全人類が負担する。デブリ除去は巨額のコストがかかる一方、直接的な収益を生まない。市場メカニズムだけでは解決しない構造的な「市場の失敗」が存在する。
3)誰が関与しているのか
主要プレイヤーは四者だ。
各国宇宙機関:NASA、ESA、JAXA、ロスコスモス、中国国家航天局(CNSA)などだ。技術力と予算を持つが、国益が優先され国際協調が難しい。
民間企業:スペースX、フランスのOneWeb、アマゾンカイパーなど。軌道利用の最大の加速者であり、技術革新の担い手でもある。
各国政府・規制当局:打ち上げ許可と軌道スロット割り当てを担うが、国際的な規制は機能不全に近い。
国際機関:国際電気通信連合が軌道・周波数を調整するが、強制力は弱い。国連宇宙空間平和利用委員会も議論の場にとどまっている。
4)どの軌道が危険なのか
特に危機的なのは高度200~2000キロの低軌道、とりわけ高度500~800キロ帯だ。国際宇宙ステーション、スターリンクなど、多くの地球観測衛星が集中するこの帯域は、大気抵抗によるデブリの自然落下速度が遅く(高度800キロでは落下に数十年かかる)、危険な状態が長期間持続する。高度3万6000キロの静止軌道は衛星の「墓場軌道」への移動が慣行化されているが、低軌道にはそれに相当する仕組みがない。
5)いつ取り組まなければならないのか
「2030年が分水嶺」という認識が専門家の間では共有されつつある。現在のメガコンステレーション計画(スペースXは最終的に4万2000機超を計画)が完全展開される前に、国際ルールとデブリ除去技術の実用化を完了させなければ、臨界点を超えるリスクが急上昇する。先手を打てる時間は、あと数年しかない。
6)誰が被害を受けるのか
被害者は特定の国や企業ではなく、全人類と将来世代だ。GPS停止による航空・海運・金融決済への影響、気象予報精度の劣化、通信インフラの喪失は、先進国・途上国を問わず直撃する。さらに深刻なのは、ケスラーシンドロームが発症すれば、宇宙進出の窓口が何世代にもわたって閉ざされることだ。月・火星探査、宇宙太陽光発電、将来の宇宙居住といったあらゆる宇宙の夢がデブリの檻に閉じ込められる。
7)どうやって解決するのか
解決策は「除去・予防・統治」の三本柱で構成される。
【除去技術】
最も直接的な対策として、アクティブデブリ除去技術の実用化が急務だ。現在有望なアプローチには、(1)磁気ハーポン・ネットによる捕獲、(2)レーザー照射によるデブリ軌道変更、(3)ロボットアームを用いた把持・推進、(4)電気帆を展開して大気抵抗を増加させる脱軌道デバイス、などがある。
JAXAなどが推進するデブリ除去実証は、2020年代後半の本格運用を目指す最前線プロジェクトだ。年間少なくとも大型デブリを5~10個除去し続けることが、カスケードを防ぐ最低ラインとされる。
【予防的設計】
新規衛星に「ミッション終了後25年以内に大気圏再突入する」規則(25年ルール)は既に多くの機関が採用しているが、25年は長すぎるという批判が強まっており、5年以内への短縮が議論されている。衛星設計段階での「デブリゼロ設計」(冗長推進システムの義務化、材料の燃焼消滅設計)を国際標準として法的拘束力を持たせることが必要だ。
【国際統治】
最大の難題はここにある。「軌道汚染税」の導入、デブリ除去コストを打ち上げ事業者に課す(拡大生産者責任)の宇宙版、国際宇宙交通管理機関(仮称)の設立が中長期の目標となる。宇宙版「パリ協定」として、主要宇宙活動国が排出枠とデブリ除去義務を分担する条約交渉を早急に開始すべきだ。
8)まとめ:「宇宙のコモンズ」を守るために
ケスラーシンドロームは気候変動と同じ構造を持つ。誰もが加害者で誰もが被害者、そして市場は自律的に解決できない。
技術的な解は存在するが、欠けているのは政治的意志と国際的連帯だ。宇宙条約改定、メガコンステレーションへの規制強化、デブリ除去への国際資金メカニズムの創設。これらを「2030年までに」実現させることが、この世代に課された使命だと言える。軌道は有限の資源だ。次世代に「空への道」を残せるかどうか、今この瞬間の選択にかかっている。
スペースX社上場後、ウォールストリート・ジャーナルは「報酬1億ドル超のCEOたちが、華々しく戻ってきた」とし、かつては稀だった1億ドル報酬を超えた米企業のCEOの数が昨年2021年以降で最多となり、10人ほどが2億ドルを上回ったと報道した。
そして、イーロン・マスクがテスラから受け取った1580億ドルの報酬パッケージだけで、同紙が毎年発表するCEO報酬ランキングにランクインした他の391人のCEO報酬を合わせた額の約16倍に相当するとした。
スペースX12日の終値160.95ドルで、時価総額が2.1兆ドルとなった時点で、マスクは1兆ドル長者になった。これは米GDPの3%以上に相当し、同氏の出身国南アフリカの2倍以上にもなる。米を代表した富豪ロックフェラーの資産は1939年当時のGDPの1.5%に相当したとされるので、人類史上でここまでの富の偏在を許した時代はなかったことになる。
スペースXはAIの覇者を狙うのだろうが、IPOはスターリンク、宇宙空間でのデータセンターの建設、月基地の建設、火星への100万人移住など、「宇宙への夢」を投資家が信じたことで成功した。しかし、これまでのような無秩序な宇宙開発はケスラーシンドロームを引き起こし、地球をスプートニク以前の過去に引き戻す。
技術的な解は存在するが、欠けているのはデブリ除去への国際資金メカニズムだ。それをポケットマネーで出来るのは、地球上1人しかいない。マスクの「宇宙への夢」は本物なのか、それとも単なるペテン師か、少なくとも数年以内に我々はその答えを知ることになるだろう。
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