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☆逃げ水の財政黒字目標と日本国債

政府は国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標をまたまた後退させる。またまたと述べたのは、これは歴代政権の恒例行事となっているからだ。政府はその都度、様々な理由を挙げてきたが、今回は米トランプ政権による関税政策で、世界経済の先行きが見通しにくくなったことを挙げている。

毎年のように起きる「何か」を理由に、累積は言うに及ばず単年度(プライマリーバランス)での財政黒字さえ数十年間で一度も達成できないのは、リスクを全く織り込めない無能無策にすら思える。とはいえ、日本政府の財政構造を見ていると、歴代政権は土台無理な口約束をしているだけだとも言えるので、黒字化できることの方が「何か」特別な要因が必要だと思っていていい。


政府が近く提示する経済財政運営の指針(骨太方針)のうち、調整を続けていた経済・財政新生計画の推進にかかる文案が判明した。黒字化の期間目標として、これまでの25年度目標から後退させ、「2025年度から26年度を通じて可能な限り早期の黒字化を目指す」と明記した。米国の関税措置の影響次第で目標年度を再確認するとも記した。

また、プライマリーバランスが均衡しても政策経費が賄えているだけで、国債の利払い費は枠外なので、金利上昇局面での利払い費の増加が懸念される。そしてそれは必然的に政策経費を圧迫する。そこで、「金利のある世界で日本の経済財政に対する市場からの信認を確実なものとする」と強調、「財政健全化の旗をおろさず長期を見据えた一貫性のある方向性を明確に示す」とした。国債需給の悪化に伴う長期金利上昇を避けるため、「国内での国債保有を促進するための努力が必要」との考えも示した。

一方で、プライマリーバランス黒字化後には、30年度まで「一定の黒字幅」を確保し、GDP比でみた債務残高を新型コロナウイルス禍前の水準へ安定的に引き下げる目標を掲げた。加えて、黒字幅が一定水準を超えた場合は「経済成長に資するような政策の拡充を通じて経済社会に還元」すると、大風呂敷まで広げて見せた。

経済運営を巡っては「財源の裏付けがない減税政策によって手取りを増やすのではなく、経済全体のパイを拡大する中で物価上昇を上回る賃上げを定着させる」と訴えた。近く与党との調整に移るようだ。政府は「経済再生と財政健全化の両立に取り組む考え」だとされている。


単年度の黒字さえ一度も達成したことがなく今年度も目標を先送りしていながら、「一定の黒字幅を確保」できれば、「黒字幅が一定水準を超えた場合」はと、まるで言いたい放題だ。とはいえ、それでも「GDP比でみた債務残高を新型コロナウイルス禍前の水準」2019年度のそれは236.4%で、世界で突出して高い。

参照:日本の財政関係資料(P15)


ところで、政府は「経済再生と財政健全化の両立に取り組む考え」だと言うが、反対に「経済悪化と財政悪化が同時に始まった」過去のイベントをご存じだろうか? 上記資料をもとに解説する。


まずはP3をご覧頂きたい。左端の1975年度から青い実線の一般会計歳出と赤い実線の一般会計税収は、当初は共に右肩上がりに推移する。これは歳出・税収共に増えていることを示している。この2つの線が重なるとプライマリーバランスが均衡、交差して入れ替わると黒字化すると思っていて貰いたい。目先にこれが交差するとすれば「何か」特別なイベントが必要だと分かるだろう。

見ての通り、常に青線が赤線の上にいるのでプライマリーバランスは赤字。そのため政府の資金不足を補うために行った借金が、下の棒グラフの公債発行額だ。公債は国債とほぼ同義、特例とは赤字を常態とは見たくないための言い換えだ。

この辺りの言い換えは、歴代政府が常に黒字化目標を目先の目標として、構造改革なしに達成できると思い込む、あるいは思い込ませることと軸を一にしている。とはいえ、黒字化は逃げ水の如く、実体がそこにない蜃気楼に過ぎない。何故なら、赤字が不可避だとも言える構造となっているからだ。

「経済悪化と財政悪化が同時に始まった」イベントとは、1989年度の税制改革で消費税を導入、同時に法人税の引き下げ、所得税の累進性を後退させたことだ。私見では、この構造が日本の競争力をそれまでの1位常連から38位にまで押し下げたと見ている。これは2021年の拙著に詳しいのでここでは繰り返さない。


このグラフでは、税制改革翌年の1990年度から青線と赤線が上下に枝分かれし、歳出が増え続ける一方で、税収が減り始めることが見て取れる。

歴代政権に限らず、多くの官僚やエコノミストたちは、この枝分かれをどう見ているのだろうか? 消費税は、社会保障費の財源として導入された。つまり、増税だ。増税したのに税収が減ったことをどう説明するのか?

また、社会保障費の財源として3%の消費税を導入したのに、同会計の悪化は止まらず、社会保険料は上げ続ける。そこで消費税を5%に引き上げたのだが、税収は更に減り続けた。増税の加速で、税収減が加速する。これを不思議だとは思わないのだろうか? そこで社会保険料の引き上げは加速する。

仮にこの枝分かれが、法人税の引き下げと所得税の累進性を後退させたことが主因だとすれば、これは政府の一般国民に対する騙し討ちだ。「消費税を負担したのに」、企業や富裕層への減税で税収が減ったために、「社会保障費の財源が不足」し、社会保険料が引き上げられたからだ。

こうして消費者の負担は倍増し、購買力の低下を通じて景気が悪化した。消費は日本経済最大のエンジンだ。そのエンジンにブレーキをかけたのが、1989年度の税制改革だ。

日本の名目GDPは、3%の増税上乗せがあった1990年度をピークに減速を始める。そして、消費税を5%引き上げた翌年度からはマイナス成長となるのだ。その後のイザナミ景気もアベノミクスも、微増の景気拡大期が続いただけで、景気は概ね横ばいだったと言っていい。

GDPの数値は見直されているので、1990年度との比較は難しくなっているが、内閣府が現在掲載している1997年度の名目GDPは542兆5080億円、それを初めて超えたのが2016年度で544兆8299億円、2020年度は538兆7878億円、2024年度こそ616兆9095億円となったが、これは主にインフレによる嵩上げだ。

消費税は消費を圧迫する。名目では同じ金額を払っていても、政府が10%を天引きしているので、購買力も売上げも事実上縮小する。景気は悪化し、所得税収や法人税収は減税幅を超えて減少する。1997年度以降は名目すら減少した。これが資料のP8に見られる税制改革後に、消費税収だけが着実に増えた一方で、総税収が減った主因である可能性が高い。

リーマンショック対策とアベノミクス以降は税収も上向くが、これは大量の資金供給とマイナス金利政策による力技だ。これらの政策により日本はGDP比で世界最大の政府債務を抱えることになり、今のインフレに苦しむようになったのだ。


その政府債務は、国債発行の形を取っている。その国債市場がぐらつき始め、政府ですら「金利のある世界で日本の経済財政に対する市場からの信認を確実なものとする」と強調する局面に入ってきた。また、「国内での国債保有を促進するための努力が必要」だとしている。

とはいえ、日本国債の88.1%は国内で保有されている(参照P23)。諸外国に比べて国内での国債保有率が高いために、米国債などより格付けが大きく低いのに、利回りが低い(価格が高い)のだ。国内保有ならば、政府の意向を反映させやすいからだ。

国債の信用力に関わる政府の債務が2022年時点でGDP比の256.3%(参照P15)と事実上世界最悪。国民の保険料からなる年金積立金等を政府が保有する金融資産として債務と相殺した純債務でも149.8%(参照P16)と調査国中最悪だ。しかし、その年金などの社会保障会計も政府の支援がないと成り立たず、政府は政府でプライマリーバランスの黒字化を先送りしている状態だ。

また、アベノミクスの異次元緩和により、日銀は国債発行残高の過半を保有するようになった。これは政府のファイナンスを日銀が行っているのに等しく、将来的にはハイパーインフレに繋がる危険行為だと言えるのだ。

現状のインフレ率でも、現在の国債の利回りを正当化できず、5月20日の20年物国債の入札は記録的な不調となった。また、5月28日の40年物国債入札では、最高落札利回りが2007年に入札を開始して以降で過去最高の3.135%となった。

入札利回りの上昇は政府の資金調達コストの上昇を意味し、将来にわたっての利払い費の増加に繋がるので、ますます政策経費を圧迫する未来が見えてくる。

それでも、日本国債はまだ割高だとの見方もできるのだ。米国債はフィッチが格下げしたことにより、主要格付け機関のすべてがダブルA+となったが、それでもまだトリプルAに次ぐ高格付けだ。一方の日本国債はシングルA+で、3段階下がる。なのに、10年国債の利回りは金曜日時点で1.458%と、米国10年国債の4.506%より大幅に割高だ。


外為市場では、トランプ政権によるドル安円高誘導観測や、日米金利差縮小観測で、投機筋が過去最大のドル売り円買いポジションを取っている。

とはいえ、トランプ政権が実際に行っているのは「米国(米ドル)を買え」ということ。また、日米金利差縮小、あるいは逆転が起きるとすれば、その最大の要因は日本国債の暴落だ。それで誰が円を買うというのだろうか?

 

 


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