・誰も見たことがない相場環境 | 矢口新

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☆誰も見たことがない相場環境

株式運用に関して、よくメディアなどで目にし、その都度、「そういうことをまるで真理かのように断定していいのだろうか」と、私が感じていることがある。

「長期投資こそが安全で確実」だと言うものだ。自分の身や日本、いや世界全体を、過去5年、10年、15年前に遡って見て、今の状態が想像できていた人は、おそらく誰もいない。このことは、先のことも誰も分からないことを意味している。それでも、安全で確実な投資と言えるものがあるのだろうか?

似たようなことが、原子力発電でも言われていた。その「安全、安定、安価」神話は3つとも見事に崩壊したが、確たる根拠も示さずに、そうした安請け合いは繰り返されるものなのだろうか。

確かに、日経平均を1990年8月以降に買った人は、2020年11月半ばまでのどこで買っても儲けている。しかし、このことは逆に、それ以前や、それ以降に買った人は、必ずしも儲けることができていないことを意味している。

日本株よりもはるかに収益力がある米株なら「長期投資こそが安全で確実」なのかと言うと、こちらもこの1年以内のどこで買っても損失が出ているのだ。

このことは、このところの世界の株価が低迷しているために、1年以下、あるいは数年以下を短中期投資だと切り捨てて、「長期投資ならば安全で確実」だと言いくるめているのではないかと思えるのだ。

私自身は、「長期投資ならば安全で確実」だとは見ていない。現在の相場は少なくとも今生きている人の誰も経験していない、恐らくは、人類始まって以来の特殊な環境下にあるからだ。これまでの経験則は通じない。しっかりとした合理的な根拠がない話を信じていては、大変な目に合う可能性がある。

安易に「長期投資ならば安全で確実」だという見方を広げているメディアの方々も、少なくともご自分なりの根拠を示すことがメディアとしての責任ある行動かと思う。

以下に、そう言う私の根拠を述べる。


1、前代未聞の急ブレーキと急発進

急ブレーキとは、新型コロナウイルス対策で経済を止めたことだ。急発進とは、止めた経済を「持続化」させるために、金融、財政共に大判振る舞いをしたことだ。

生命活動とも言い換えられる経済活動の、ロックダウンを含む大幅な自粛は、人類史上初めてだった可能性がある。何故なら、細菌やウイルスが様々な疫病の原因であることが判明したのは19世紀になってからなので、それまでは発病した人を隔離することがあっても、ほとんどが健康人である地域全体を隔離状態にする発想がなかったはずだからだ。

結果的に、各国の経済の落ち込みは過去最大のものとなり、その再生には過去最大の資金供給が必要とされた。前代未聞のパニックに引き続き、前代未聞のバブルがつくられたのだ。

こうした「前代未聞の急ブレーキと急発進」を受けた、この1年余りの株価の低迷が、過去の経験則などで乗り切れるものなのだろうか?


2、数十年ぶりのインフレ

日本政府と日銀は、インフレはロシアがウクライナに侵攻したためだと説明している。しかし、正確にはロシアとウクライナのエネルギーや穀物が、世界市場から締め出されたことが大きい。

ロシアがウクライナに攻め入ったことは人道的に許されるものではないが、世界経済にとっては、それ自体は大きな出来事ではないからだ。

世界経済にとっての大きな出来事は、米国や日本を含む西側が、ロシアを世界経済から締め出したことだ。これでは、エネルギーや穀物の値上がりは避けられない。

とはいえ、ロシアがウクライナに攻め入る前の日本の2月の企業物価指数が前月比+0.8%、前年比+9.3%だったように、インフレの主因はロシアでもロシア制裁でもない。

岸田首相や黒田総裁は、日銀が「物価を上昇させる」として行ってきたことを忘れている訳ではあるまい。マイナス金利政策と、GDPをはるかに超える資金供給だ。その意味では、アベノミクスから数えるならば9年ほど経って、ようやくその目的を達成したのだ。

私は当初から、賃金上昇を伴わない物価上昇は国民が苦しむだけだと言い続けてきた。しかし、日銀の金融政策の目的は、単に「物価上昇(2%前後での安定)」であり続けた。物価上昇が賃金上昇に結びつく保証などあるはずもないのに。

その目的達成のために、日本の政策金利は1997年3月以降、1度も+0.5%を超えていない。また、その年から資金供給量は10数倍となったが、GDPが当時とほぼ同水準であるために、今では資金供給量はGDPをはるかに超えている。

つまり、日本のインフレは経済成長がもたらしたものではなく、国内的にはマネーを増やしたことによる貨幣価値の低下という相対的な物価の上昇だ。そして、エネルギーや食料といった命にかかわる物質の海外依存を進めたために、どんなに高価でも買わねばならない所から来るインフレだ。

ちなみに、日本にもエネルギー源はふんだんにある。太陽、空気、水、地熱、バイオなどといったものだ。しかも、それらは技術の進歩だけで(どこまでも?)安価に供給できる可能性がある。基本的にどこにでもあり、無限に近い供給力があるからだ。にもかかわらず、日本の電源の化石燃料への依存度は欧州などと比べてはるかに高いのだ。

また、そのようにしてインフレという目的を達成した今、国債残高が1000兆円に達したことで、利上げは利払い費の急増を意味することになっている。


3、史上最低金利からの利上げ

経済のニューノーマルと言われていたことは何だったか覚えていられるだろうか? 世界的にもう物価は上がらない、ディスインフレの経済が新たな常態となるというものだ。

そして、世界のマイナス利回りの債券残高が2019年には17兆ドルと、債券全体の約4分の1を占めるようにもなっていた。

マイナス金利を復習しておくと、資金の借り手が貸し手から金利を貰うことだ。-0.1%という金利は、100万円借りたなら、毎年1000円の金利が貰えて、返す時には(その年の金利を差し引いて)99万9000円でいいというものだ。

また、マイナス利回りとは、100万円で返ってくる債券を、100万円以上で買うというものだ。

例えば2020年9月、三井住友銀行(SMBC)が欧州市場で日本企業として初めてのマイナス利回りの社債を発行した。調達額10億ユーロ、満期5年のカバードボンド(住宅ローン債権を担保にした社債)で、表面金利0.01%の社債を額面100ユーロあたり100.895ユーロで発行した。そのため、SMBCは実質的に-0.168%で資金調達できた。債券はパー(100)以上の価格で買っても、償還時には100でしか返ってこないからだ。

つまり、同社債にはプラスの金利(年+0.01%)がついているがごく小さく、購入者がその社債を高く(100.895で)買い、安く(100で)返してもらうと、その売却損(-0.895%)を補えないため、購入者にとっては年率-0.168%のマイナス利回りとなる。つまり、購入者が前もって分かっている売買損を支払ってくれるので、SMBCは借金しながらプラスの利回りが得られるのだ。

参照:日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方(著者:矢口 新、ペーパーバック版)


しかし、これは異常なことなのだ。貸し手が金利を支払ってまで、資金を踏み倒されるリスクを冒す必要などないからだ。異常な金融政策が、金融市場を異常な状態にしていたとしか言いようがない。そして、世界の金融市場は異常をニューノーマルと言い換えていた。

そうした異次元のイージーマネーが数十年ぶりのインフレを生んだ。そして、世界はインフレの弊害に耐えきれずに、大勢は利上げに向かっている。緩和の継続を行っているのは、利上げできない(コストに見合うリターンが得られない)日本と、最近もロックダウンをした中国だけの様相だ。

参照図01:2022年に利上げした国々(出所:ウォールストリート・ジャーナル)
 


4、史上最大の資金供給からの回収

コロナ対策による前代未聞の急ブレーキと急発進があったとはいえ、史上最大の資金供給が始まったのは、コロナ対策で殺してしまった経済を生き返らせる時ではない。米国はリーマンショック後に、日本はアベノミクスで、前代未聞、異次元と呼ぶ資金供給を始めた。

参照図02:米連銀バランスシート(出所:米連銀)
 

こうした未曾有の金融緩和が必要だったかどうかを正当化できるのは結果だけだ。米国は経済成長を取り戻し、株価も上がったが、高インフレにもつながった。

そこで、米連銀はこの流れを反転させる。米株は図02に概ね連動してきたので、株価が下げることも十分に納得がいくのだ。

一方で、日銀の方は緩和政策の継続を明言している

参照図03:日銀の資金供給量(出所:日銀)
 

日銀は少なくとも次回7月20日に予定されている会合までは、10年国債を0.25%で買い取る「指値オペ」を毎営業日行うと明言している。国債の買い取りは、資金供給を意味するので、資金供給量が減少する見込みはない。

また、株式のETFの購入枠も12兆円を維持し、現状ではまだ年内11.6兆円近く残している。2021年以降の購入は概ね売られたところをサポートする形で行っているので、日本株の大崩れは考えにくい。

株価の大崩れがなくても、それで日銀の金融緩和が正当化できるかどうかは疑わしい。株価の上値はもはや見込み薄となっている上に、確かに狙い通りにインフレ率は上昇しているが、経済そのものは成長を止めた状態が続いているからだ。つまり、物価上昇が賃金上昇に結びつく可能性は低く、国民にインフレ負担を強いるだけだからだ。

もっとも、経済成長や税収増がなくなったのは、1989年度からの税制改革が主因だと見るべきで、日銀による尻拭いも限界が近付いたとするのがより正確かと思う。

この辺りも、先に参照で挙げた拙著に詳しい。


5、地球温暖化と疫病

地球温暖化と、新型コロナウイルスに象徴される疫病も、過去の経験則の1部だけを抜き出して、「長期投資こそが安全で確実」とすることを疑問視する根拠だ。地球温暖化のこのレベルの進展は、人類史上では初めてのことだからだ。

各地で猛威を振るい続けている異常気象は、地球温暖化が原因だと断定しても差し支えないかと思う。また、地球温暖化がもたらす高温多湿は、疫病の原因となる細菌やウイルスを活性化させる。これは経済にとっても大きなリスクで、時間をかければ必ず報われるという長期投資楽観論を否定する。

ちなみに最近、米国のコロナ対策の医療面でのトップだったファウチ氏がコロナに感染した。一方で、日本では人出の多かったゴールデンウイークを過ぎても、感染者が減ってきている。

こうして見ると、ロックダウン、自粛、ワクチン、マスクなど、人為を尽くしてもコロナ感染を防ぐことは難しく、結局はウイルスと人類との過去の関係の法則に沿ったものだったように思える。私が何度もご紹介してきた「疫病と世界史(マクニール著)」に書いてある通りだったように思う。

世界にはこうした凄い人が凄い著書を残してくれているのに、ほとんどの国の政府は時間をかけるというリスクを取ることが出来ずに、パニック的に「前代未聞の急ブレーキと急発進」を行った。

つまり今後の疫病でも、(今でも中国が行っているように)施政者たちが「経済を殺す」リスクを冒す可能性を否定することが出来ないのだ。しかし、次回からはその後に「未曾有の資金供給」を繰り返す体力があるかどうかは分からない。仮にその体力があれば、またインフレを誘発すると見ていていい。


6、景気後退

インフレは、そのままコスト増と購買力の低下を意味する。昔は、「インフレなき経済成長」が理想とされたのに、なぜ、中央銀行が経済成長や雇用市場に触れずに、「インフレ率の上昇」を政策目的としたのかが分からない。

米国の例だが、インフレは最終的に景気後退を伴って終える。つまり、コスト増と購買力の低下が経済成長を阻害することで景気後退に至り、そうした需要の低下がディスインフレに繋がってきたのだ。

下図04の青の折れ線グラフは、個人消費支出物価指数の推移、グレーの折れ線グラフは、食料とエネルギー価格を除いたコア指数の推移だ。薄いグレーの陰の部分は、景気後退(2四半期連続以上のマイナス成長)の時期だ。

参照図04:米PCEデフレーターの推移(出所:ウォールストリート・ジャーナル)
 


日本のインフレは国内需要がもたらしたものではなく、海外発だ。これは日銀の黒田総裁も以下のように述べている。

「現在の物価上昇は基本的に国際的な資源価格の上昇によるもので、一種のコストプッシュ型インフレであり、日本の交易条件が悪化し所得が海外に流出するというかたちで起こっている。我々がめざしている物価上昇とは異なっているのは間違いない」

「いまの物価上昇は、むしろ景気に対する下押し圧力になっている。そういうときに金利を上げると、あるいは金融を引き締めると、さらに景気に下押し圧力を加えることになってしまう。何回も言うが、日本経済がコロナ禍から回復しつつあるというものを否定してしまう。経済がさらに悪くなってしまうということにほかならない」

「金融引き締めをする、金利を引き上げるということをすれば、当然、経済はさらに下向きに動いてしまう。景気も悪くなるというだけでなく、経済成長も大きなマイナスになるといったおそれがある。今の時点で、金融の引き締めを行うのは適切ではない」


この声明そのものには異存はない。「いまの物価上昇は、むしろ景気に対する下押し圧力になっている。そういうときに金利を上げると、あるいは金融を引き締めると、さらに景気に下押し圧力を加えることになってしまう」のだ。

では、自らがこれまで目的としてきた物価上昇をどうするのかと言うと、異次元緩和の継続では、インフレという火に油を注ぐだけなのだ。

端的に言えば、日本のこれ以上は望めないほどの超緩和的政策では、20数年かけても経済成長が得られなかった。そして、金融政策では海外発のインフレは防げず、インフレがもたらす景気後退にも無防備だということだ。つまり、日本は金融政策を出し尽くしてしまい、今は(税制改革以外に)打つ手がないと言える。


7、戦争(恩恵は資源国と軍需産業だけ?)

ロシアのウクライナ侵攻が誘発した世界規模の経済戦争は、世界の多くの人々に多大なコストを強いている。恩恵があるとすれば、値上がり益が享受できる資源国や関連企業と、需要が高まった軍需産業だけかも知れない。

コストの一例として、以下にブルームバーグの記事を引用する。


(引用ここから、URLまで)

資産運用大手のパシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)は、ロシアをデフォルト(債務不履行)に追いやる厳しい制裁が投資家に及ぼす影響について米財務省に警告した。

PIMCO幹部は、運用会社がロシア関連資産の評価額引き下げを迫られた場合に米年金基金に発生する損失を財務省に説明した。事情に詳しい関係者が明らかにした。

ロシアがデフォルトすれば、債権者に支払われるはずだった外貨準備がプーチン大統領の手元に残り、軍事資金が増えることになるとも説いた。非公表の問題だとして関係者らは匿名を条件に語った。

先月発表された1-3月(第1四半期)の保有資産報告によると、PIMCOは最大ファンドの「インカム・ファンド」で約18億ドル(約2400億円)相当のロシア国債を持ち、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を通じたエクスポージャーもある。

PIMCOの広報担当者は「顧客に対する受託者責任を考慮して、ロシアが債務不履行に陥った場合の重要な結果の幾つかを説明するために米財務省と接触した」と明らかにした。

ロシアは全ての債務を履行しているとしているが、米国と欧州連合(EU)の制裁強化でロシアからの支払いは外国人投資家の元に届いていない。このため外貨建てロシア債を保有する運用会社は厄介な立場に追い込まれている。

米財務省外国資産管理局(OFAC)の担当者はロシア制裁に関するPIMCOとの話し合いについてコメントを控えた。

参照:ロシア制裁で米年金基金が損失、PIMCOが財務省に警告


北方領土周辺水域での漁業も同様だ。ロシアのトルトネフ副首相は6月10日に、北方四島周辺で日本側に割り当てられた漁業権は「取り上げられるだろう」と述べた。日本が漁業権割り当てに対する支払いを拒否していると話し、責任は日本側にあるとの見方を示した。

これらはすべて、対ロシア制裁により、ロシアを西側の世界市場から締め出したことで起きている。

ロシアは全ての債務を履行しているとするが、米政府は金融機関にロシアとの取引を禁じているので、投資家は受け取る手段がない。

日本は漁業権割り当てに対する支払いをしようとしているが、ロシア政府に手渡しでもしない限り、送金の手段がない。仮に手渡ししたとすれば、ロシアの戦争に協力したとして日本側が制裁を受けることになる。

つまり、世界は既に分断されており、少なくとも当面は以前のように戻る見通しはない。その当面が数十年にもなる可能性すらあるのだ。

このように、今の世界は2021年までの世界とは全く違うのに、何を根拠に「長期投資こそが安全で確実」などと言えるのか?


投資は日常生活と同じだ。毎日の生活も、意識する、しないに関わらず、リターンとリスクの兼ね合いの連続だ。毎日の生活で、何かが起きればその対処をするしかない。投資も全く同じなのだ。

ディーラーなどは、瞬間、瞬間に起き続けているそうした変化への対処を続けている。こうあるべきだ。こうなるはずだ。そうした拘りは、迅速な対処を遅らせるものとなる。

日常生活のどこにも「安全で確実」なものなどないのに、長期投資だけが例外だとするのは、ミスリーディングだと言っていい。

 

 

 

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