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☆関係者が置かれた立場を鑑みれば、野村の大損失は避けられなかった?

米投資会社アルケゴス・キャピタルマネジメントの破綻に関連して、野村ホールディングスが2000億円を超えると見られる損失、クレジットスイスが5000億円とも言われる損失を被ると報道されている。ちなみに、アルケゴスのような個人資産運用会社は欧米を中心に1万社以上が存在し、運用規模は6兆ドル(109倍すると円貨)近くに上ると言われている。

野村は9日、シェロッド・ブラウン米上院議員(民主党)から同問題についての質問状を受け取ったことについて「コメントを差し控える」と答えた。同議員はゴールドマンサックスやクレディスイスなどにも質問状を送付、各社の内部管理体制や株価急落につながった株式の大量の売却などについて説明を求めている。

アルケゴスが行っていた問題取引は「トータル・リターン・スワップ」と呼ばれるデリバティブで、差金決済取引と言ったようなものだ。簡単に言えば、40ドルの銘柄を買うときに40ドルを支払うのではなく、5ドルの証拠金を納めて40ドルで買ったことにするものだ。それが100ドルになると、5ドルの資金で60ドルのキャピタルゲインを得たことになる。一方、35ドル近くに値下がりすると追加の証拠金を求められる。

買われた方は値上がりされると困るので、ヘッジでその銘柄を買うことになる。急騰するとヘッジポジションは大きくなる。そして買った後にそれが値下がり始めると、今度は大きくなったポジションをブロックの形で、まとめ売りをしなければならなくなる。
図01:大きなブロックセールが出たとされるバイアコムCBSの株価
 

野村やクレジットスイスの損失が膨らんだのは、そうしたブロックセールをアルケゴスの他のプライムブローカー、モルガンスタンレーやゴールドマンサックスが行ったために相場が崩れたことが主因だ。

ブロックで売ったり買ったりするのは、こうした証券会社の日常業務なので、その意味では、今後もこうした大損失が続く可能性があると言える。

根底にあるのはコロナ対策を受けた市場の過剰流動性だ。バンクオブアメリカによると、過去5カ月間の株式ファンドへの資金流入は5760億ドルと、過去12年間の合計の4520億ドルを上回った。顧客の資産配分では、株式の比率が63.6%と記録的な高水準に達している。債券の比率は18.5%、キャッシュの比率は11.6%だということだ。

2月下旬の時点で、米証券市場の投資家たちの借入額は前年比49%増の8140億ドルと、過去最大だった。この伸び率はリーマンショックの前年の2007年以来で、その前はドットコムバブル崩壊の前年1999年だった。

私は来年2022年の市場が過去の前例2回のように崩壊するかどうかは、米連銀が量的緩和政策を続けるかどうかにかかっていると見ている。とはいえ、少なくともアルケゴスや、いくつかの銘柄では既に局地的な崩壊が起きている。証券会社にとっての2021年度は厳しい年になるかも知れない。

これまでの報道をもとに何が起きたのかを整理し、その損失が回避可能で、今後に起きない性質のものかどうかを考えてみる。


そもそもの問題は、アルケゴスがトータル・リターン・スワップを複数の業者と行っていたことだ。

その理由は少なくとも2つある。1つは信用リスクの観点から1社から引き出せる取引額には上限があること。アルケゴスは少なくとも6社のプライムブローカーを使っていたので、単純に考えれば6倍の取引が可能だった。

もう1つは、取引相手のヘッジによる価格上昇期待だ。例えば、26日寄付き前のゴールドマンのバイアコムCBSのブロックセールは33億ドル相当、25日夜遅くにモルガンスタンレーが売却したアルケゴスがらみの株式は約50億ドル相当だと報道されている。つまり、両社はそれだけのヘッジポジションを抱えていたということだ。これは1社のプライムブローカーとのスワップが成立するたびに、アルケゴスはヘッジ買いによる株価押上げ効果が期待できたことになる。

こうしたことは信義上、業者や機関投資家ならばやり難いことなのだが、個人資産運用会社は損得だけしか考えないかも知れない。そうしたファンドが1万社以上存在し、運用規模は6兆ドルだと言うのだ。


一方で、同様にレバレッジをかけて保有していた中国株などが3月中旬までに大きく値下がりしていたため、アルケゴスの保有する現金は底を付いていた。そこに3月22日引け後に増資が発表されたことでバイアコムCBSの株価が24日に急落、アルケゴスの破綻が決定的となった。

アルケゴスは25日にプライムブローカーたちに電話会議の開催を申し入れたという。野村とクレディスイスの担当者は、協力してアルケゴスの持ち高を1カ月かけて解消することを提案。モルガンスタンレーとゴールドマンサックスの担当者はその提案に応じなかった。そして上記のように、モルガンスタンレーは同日の夜に、ゴールドマンサックスは翌日の寄付き前に売却したのだ。

モルガンスタンレーは米メディア企業と中国のハイテク企業の株式を少数のヘッジファンドに割安価格で売却したとされる。しかし、同社の情報開示が不十分だったとして、いくつかのヘッジファンドは騙されたとしているようだ。
参照:Morgan Stanley dumped $5 billion in Archegos’ stocks the night before massive fire sale hit rivals


こうした事実からは、モルガンスタンレーやゴールドマンサックスはずるい。あるいは野村やクレジットスイスは間抜けだと、損益が分かれた事実からどちらかを責める人がいるかも知れない。しかし、野村のディーラーだった私の目から関係者が置かれた立場を鑑みれば、どちらの立場も納得がいくものなのだ。

25日の電話会議で判明したのは、当事者の誰もが相場を崩すことなしに売ることができないほどのポジションを抱えていたことだ。アルケゴスの破綻が避けられないことが明らかとなり、そのことを少なくともアルケゴスを除いて6社が知っている時点で、誰にも知られずに「持ち高を1カ月かけて解消」することなど不可能だった。

それが分かった時点で、また分かっている事実を相当の人間が共有している時点で、ディーラーなど担当者に求められるのは「最善の手」を打つことだ。でなければ、自分の会社やその従業員、株主に対する裏切り、背任行為となる。その意味では、モルガンスタンレーやゴールドマンサックスの行動は納得がいき正当化できるものだ。


一方で、誰かがブロックセールを行うことは、誰かがブロックセールの買い手となることを意味する。損失が出るからと、誰もが買わねば市場は成り立たない。売り手が年金であろうが保険会社であろうが、同業者であろうが、損失覚悟でも購入して買い支えるのが「業者」なのだ。アルケゴスのプライムブローカーのディーラーたちはどこもそうした市場を支える自負をもって仕事をしてきたはずだ。

例えば25日の終値が66ドルで、26日早朝に同業者から33億ドルのブロックセールを持ち掛けられた時、ディーラーにできることは出来るだけ安く買うことだけだ。例えば、60ドルで買い、後の処理は自分が責任を取るというようなことだ。買うことを拒否すれば、自分が生きる糧としてきた市場が成り立たない。また、市場よりも自分の身が可愛くて逃げたとしても、自分もそれを保有している限り、他で売られれば評価損が膨らんでしまう。その意味では、野村やクレジットスイスが売却せずに29日に評価損を発表したことを責めることはできない。

今回の場合は、大手の業者が6社も絡んでいたため、モルガンスタンレーは顧客に売るという選択をした。つまり、業者として手の内を隠してババ抜きのババを顧客に引かさせたのだ。以前ならばそうした「借り」を別のディールで返すようなことがあったが、現在はどうなのだろうか?

では、アルケゴスとの取引やトータル・リターン・スワップを行わないという選択肢はあっただろうか? 担当ディーラーとして、そうした選択肢がないことはない。しかし、その場合はその取引以上の収益を上げないと自分の身を守れない可能性があるのだ。

これまでも多くのバブルが起きては崩壊した。バブルに乗らないディーラーは、ベテランほどいるにはいた。しかし、周りがバブルで儲けている時に、批判的でいながら収益で負ければどうなるか? ましてやトータル・リターン・スワップはありきたりのデリバティブで、相対とはいえそのプライスも似たり寄ったりなもののはずだ。

そのようにしてバブルの度に批判的なベテランは会社から追い出され、残ったイケイケのディーラーたちはバブルの崩壊と共に消えた。そして、業界には相場を知るディーラーがほとんどいなくなったのだ。

つまり、今回の「事件」は特殊ではなく、ブロックで売った業者、売らなかった業者どちらの立場でも日常業務として起こり得ることなのだ。大損失に繋がったのは簡単には売れない巨額であったことだ。そして、それを可能にしたレバレッジ取引だ。このことは、現在の過剰流動性を鑑みると、アルケゴスは氷山の一角であることを示唆している。次があっても不思議ではなく、次の被害者が米系でも不思議ではないのだ。

こう考えていくと、政府当局がつくった過剰流動性にはやむを得ない部分があるとしても、問題は認可されている高レバレッジ商品だということになる。問題となった差金決済取引は、私などは「決して受けるな」と上司や管理課から言われていたものだ。しかし、今はETNやCDFのように当局公認の一般投資家向けの商品だ。規制を強めるのならば、ここかと思う。



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