・安倍首相が残したもの | 矢口新

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・安倍首相が残したもの

2020年8月24日、安倍晋三首相の連続在任日数が佐藤栄作元首相を抜き、憲政史上最長となった。「7年8カ月、国民に約束した政策を実行し、結果を出すため1日1日、全身全霊を傾けてきた。その積み重ねの上に今日の日を迎えることができたのだろうと考えている。全てはこれまでの国政選挙で力強い支持をいただいた国民の皆様のおかげだ」。同日、首相はそう述べたという。

その僅か4日後の28日に、安倍首相は辞任を発表した。連続在任日数という歴史に残る偉業の達成感と、見込み違いとなった数々の事柄への諦め、党総裁任期切れまで1年あまりの間、日本が直面する困難な問題に取り組む自信や意欲の喪失。それらが、辞任の直接の理由とされた「健康上の問題」の悪化につながったことは、首相と同年代の者として、十分に想像がつく。


2012年12月に「日本を取り戻す」として再登場した2期目の安倍首相は、日銀総裁に財務省出身の黒田東彦氏を迎え、2013年4月に異次元緩和を敢行、6月には経済再生を謳って「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「成長戦略」を「3本の矢」とするアベノミクスを導入した。

アベノミクス下の景気回復期間は71カ月と、戦後最長とされた「いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)」の73カ月にあと2か月に迫る長さだった。その意味では、連続在任日数とのダブル偉業こそ叶わなかったが、歴代2位という記録は達成した。一方で、いざなみ景気に再挑戦することは不可能で、2位で諦めるしかなかった。それも見込み違いとなった数々の事柄への諦めの1つだとも考えられる。

とはいえ、2002年2月~2008年2月の首相は、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫各氏で、いざなみ景気は3人の首相によるいわばリレー達成だった。一方、アベノミクスでの71カ月に及ぶ景気回復期は、安倍首相の単独達成だ。この景気回復期の名前があるかどうかは知らないが、アベノミクス景気と名付けられても不思議ではない。また、安倍首相はいざなみ景気にも絡んでいる。つまり、これも達成感の1つに本人がしていてもおかしくはない。

もっともどちらの長期景気回復期も、景気が落ち込んだところからゆっくりと回復しただけで、歴史に名を残すこと以外に、殊更に長さを強調する意味を見出せない。そこで実際の成果として、労働市場や経済規模の数値を見てみる。

異次元緩和直前の2013年3月に4.1%だった失業率は直近今年の6月に2.8%に低下した。0.86倍だった有効求人倍率は1.11倍と、大きく改善した。その一方で、今年5月の従業員1人当たり平均の現金給与総額は26万9341円と、2013年5月の26万7567円と、ほぼ横ばいだった。ちなみにボーナスを含む6月では今年が44万3875円と、2013年の43万3568円から1万円ほど増えた。このように所得はその前の10数年間同様一向に増えず、非常勤の労働者が急増したのだが、それを差し引いても労働市場は改善したと言っていいだろう。

また、経済の規模を測る名目GDPは、2012年度が494.4兆円だった。これがこの4-6月期には年率で506.6兆円となった。もっとも、これはコロナ禍で縮小した後の数値だ。実質GDPでも3四半期連続のマイナスで、2019年10-12月期に9.7兆円減、2020年1-3月期に3.2兆円減、4-6月期が41.1兆円減で、485.1兆円となった。ここで注目すべきなのは、2019年10-12月期に9.7兆円減と、コロナがなくても経済が縮小していたことだ。悪化要因は消費増税だ。

安倍政権の最も大きな功績は、消費増税を2度実現できたことだともされている。1度目は民主党野田佳彦政権中に決定していたのだが、在任中に2度も消費税率を引き上げたのは安倍首相が初で、財務省幹部は「首相の最大のレガシー(政治的遺産)は2度の消費増税だと思う」と指摘しているという。しかし、どうしてこれが功績と見なされるのだろうか? 日本経済を再生するはずのアベノミクスをほぼ台無しにしてしまったのが消費増税だからだ。

見込み違いとなった事柄には、オリンピック・パラリンピックの延期、もりかけ問題、公文書かいざん、IR、相次いだ閣僚の不祥事など数多い。在任期間の長さもあるのだろうが、安倍首相ほど国会で数多く謝罪した首相は他にいないのではないだろうか? そして、その都度、責任は私にあると言いながら、一切責任を取らなかった首相も他に覚えがない。今回の辞任も「持病の悪化」によるものとのことなので、とうとう最後まで責任を取らずに退任した。

加えて、見込み違いとなった事柄の1つが、景気後退だ。71カ月もかけて積み上げてきた景気回復が、消費増税後の数カ月とコロナ禍で、元の木阿弥となったのだ。

安倍首相が全身全霊を傾けてきたのが景気回復ならば、在任中に2度も消費税率を引き上げたのは何故だろう。増税は景気の過熱やインフレを抑える手段なので、首相の狙いが景気回復なのか、デフレ進行なのかの真意が読めないのだ。アベノミクスと消費増税という、この全く相反する政策を採った真意を、首相退陣後の一政治家として、あるいは一般人として、ぜひ語って頂きたいものだ。


アベノミクスでの景気回復には大きなコストが支払われてきた。資金供給量とマイナス金利政策だ。また名目GDPでは、1997年度の533.4兆円がそれまでのピークだったのを、2016年度に536.9兆円と上回るために、計算方法を改定し30兆円を上乗せまでした(元の計算方法では507兆円ほど)。それが前述のようにこの4-6月期には年率で506.6兆円となったのだ。

資金供給量については、名目GDP533.4兆円を達成した1997年3月には50.6兆円だった。異次元緩和直前の2013年3月は134.7兆円だった。それが直近の今年の7月には566.8兆円に膨れ上がっている。実体経済の規模が大きくなっていないのに、マネーの量は1997年から11.2倍に、量的緩和の前からだと4.2倍に増え、遂に実体経済を超えたのだ。

また、黒田日銀は2016年1月からマイナス金利政策を導入した。マイナス金利とは貸し手が借り手に金利を支払うものなので、低利で調達した資金をより高利で運用するという金融ビジネスの否定につながる。利ザヤが超薄い超低金利政策に続く、マイナス金利政策では銀行経営は成り立たない。成り立っているところは、海外証券投資を含め、本業とは呼べないところのリスクを取っているのだ。倫理的に逸脱したリスクを取ったところもある。銀行経営の非効率が指摘されているが、マイナス金利政策で利益を上げられる方が不思議なのだ。

経済規模を超える量的緩和やマイナス金利政策が危険なのは、次の危機に対する打つ手がなくなることだ。実際、コロナ禍だといっても、日銀にこれといった対策はなかった。

新型コロナウイルス・パンデミックへの対策として、スウェーデンを除く各国政府はロックダウンや経済活動の自粛を推し進めた。しかし、米国やスペイン、フランスを含む強硬なロックダウンを行った国々で、確実に起きたのは景気後退と失業者の増加で、感染者数は減っても一時的なものだった。新型コロナウイルスは無症状でも感染を広げるなど、厄介な疫病には違いないが、短期間の封鎖で拡大が防げるとは、あまりにもパニック的で、短絡的な対策だった。

これは日本なども基本的には同様だ。だからこそ、感染者数が拡大し続けている国々でも、ほとんどの政府は二度とロックダウンや自粛勧告は行わないとしている。どこの政府も謝罪こそしていないが、実際に効果が見えない対策によって企業経営や家計を苦境に追いやったからだ。

日本政府は90兆円を超える国債を発行し、コロナ禍対策によって経済活動を止めた損失補填の財源に充てた。下図のお茶目なワニは財務省のホームページにあるもので、これまでは財政赤字の拡大をあんぐりと開けた口で象徴していた。ところが、直近の財政赤字の急増はもはやワニの口には収まらず、上顎が外れた状態となっている。よく見れば、ワニは赤い血の涙を浮かべているようだ。
参照図:日本の財政状態


日本政府は世界で2番目に多いコロナ対策費を使っているのだが、実は最も余裕がないのが日本なのだ。これも財務省のホームページにあるのだが、日本の公的債務のGDP比での大きさは2017年の数値で、調査113国中1番目の大きさだからだ。GDPは世界3位の大きさなので、絶対額でも1位の米国に迫る堂々の2位となる。

下のグラフの深刻なところは、これをトラックレースに例えると、ドイツが先頭集団から抜け出し、イタリアが集団から遅れているところに、日本は周回遅れとなっていることだ。最後に1人でゴールまで完走できても、誰も拍手などしてくれないだろう。
参照図:主要国の債務残高推移


日本の公的債務の大きさは財政赤字の穴埋めに使われたものだ。では、日本の財政はどうしてこうも悪化したのだろうか? ワニの図でも分かるが、1990年度時点の財政赤字はさほど大きくなく、国債発行も6.3兆円と、今年の7%で済んでいた。実はこの年までは税収が順調に伸びていたのだ。

1989年度に3%の消費税を導入。1990年度の税収は60.1兆円とその後20数年間のピークとなった。消費税の導入で景気が減速し、所得税と法人税が急減し始めたからだ。消費税率を5%に引き上げた1997年度からはマイナス成長となった。(海外要因を挙げる人が多いが、その間も海外は順調に成長、中国などは1997年から2018年までにドル建てで13.85倍に成長した。)

次に60兆円を超えたのは2018年度で、60.4兆円と、28年前のピークを0.3兆円だけ更新した。公式発表では2019年度は58.4兆円に減少した。今年度2021年3月期はワニの図では63.5兆円と明記されているが、もはや夢物語だと言ってよく相当落ち込む見通しだ。もしかすると、日本の総税収が60兆円を超えたのは、1990年度と2018年度の2回だけの、今後永遠のダブルトップになるかもしれない。

かもしれないどころか、今の税制のままだと、その可能性が非常に高いのだ。なぜなら法人税率を引き下げているため、1990年度に19.0兆円あった法人税収は、売上高純利益共に過去最高を更新した2018年度には12.3兆円と、35%も減ったからだ。法人税率引き下げで確実に起きたことは法人税収の減少で、前述のように景気は悪化し、企業の国際競争力も低下した。

消費税は景気や所得税、法人税と、あちらを立てればこちらが立たずのトレードオフの関係にある。ここで、消費税は下振れも上振れも少ない安定税源なため、今後、景気が多少回復し企業収益が伸びても、総税収の伸びは限られるのだ。

消費税が社会保障費の財源となるというのは限りなく神話に近い。過去20年ほどの財政赤字幅は概ね30~40兆円で推移してきた。2020年度は100兆円を超えてくる見通しだ。消費税率10%での税収は多くても20数兆円止まりだ。しかし、その20兆円を得たために、成長率、所得税収、法人税収を犠牲にし、かえって総税収が減るリスクを冒してきた。この税制のままでは、日本は破滅する。

消費税収は20数兆円止まりだが、社会保障費はその倍もある。部分的に埋めても、そのために他の税収が減れば財源にはなり得ない。また、成長鈍化、雇用不安、所得減は少子化を推し進める。成長のない国で、子供を増やせるのか? つまり、消費税は少子高齢化を推し進め、社会保障費を増やし、若年層の負担を更に増やすものなのだ。

それでも、日本の公的債務の貸し手は広義の日本国民なので、政府の借金は問題ないとする説がある。このことは、政府は民間の資金を何らかの形で没収できることを示唆している。もし、それができずに1000兆円を優に超える借金が増え続けるとどうなるか? 社会保障費を削る。教育費を削る。公共サービスを低下させる。インフラの劣化を放置する。公務員を減らす。こうしたことは、世界の破たんした政府や自治体が普通に行っていることだ。


安倍首相が残したものを整理すると、在任期間歴代1位という偉業。景気回復期間戦後2位という偉業。それらを達成するために行った400兆円を超える資金供給。マイナス金利政策。消費増税2回というレガシー。コロナとの闘いは今後数週間が勝負だとして止めた経済の損失などだ。公的文書は簡単に改ざんできると教えてくれたことも大きい。

安倍首相と1989年以降の歴代首相とを合わせ、次の首相に残すものをまとめると、

1、膨大な累積財政赤字
2、膨大な公的債務
3、税収増が見込めない税制
4、このままでは事実上崩壊する社会保障制度
5、ほぼ限界にまで緩和した状態の金融政策(残された政策は中立か引き締め)
6、消滅した短期金利市場を含め、機能を失った国債市場
7、30数兆円の日銀の株式保有残高
8、消費増税で悪化、コロナ対策でダメ押しした景気
9、オリンピック・パラリンピック開催
10、米中本格対立を見据えた外交
11、今後のコロナや他の疫病対策

他にもあるだろうが、持病がなくても潰瘍になりそうな難題が山積だ。ここでの希望の光は、消費税は景気や所得税、法人税と、あちらを立てればこちらが立たずのトレードオフの関係にあることだ。景気回復、税収増、健全な社会保障制度が欲しければ、消費税を撤廃し、所得税、法人税の累進課税を進めればいい。

首相の退陣を心から祝福したい。お疲れ様でした。




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